獄門の首を笑わせた藤六左近の狂歌
どんな伝承か
『平治物語』は将門の首にまつわる怪異を伝える。将門の首が獄門に懸けられていたのを、藤六左近という数奇の者が見て、「将門は米かみよりぞきられけるたはら藤太がはかりごとにて」と狂歌を詠んだ。米噛みの「米」と俵藤太の「俵」を云いかけた機知であったが、するとさらされた将門の首が「しい」と声を立てて笑ったという。将門の首の入京は天慶三年四月二十五日のこと、越えて五月十日に東市に梟せられたと記録に見える。この狂歌ばなしは、七人影武者や米噛みの秘密といった趣向をはらみつつ、将門を超人化する怪異譚の大きな誘い水になったとされる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
将門伝説——民衆の心に生きる英雄(梶原正昭・矢代和夫・1966年(昭和41年))
『将門伝説——民衆の心に生きる英雄』は、梶原正昭と矢代和夫が一九六六年に著した平将門の伝説の研究書である。茨城県岩井町をはじめ各地の伝説地の踏査と、縁起・古記録・地誌をもとに、将門の怨霊と調伏、七人の影武者、子の良門や娘の如蔵尼、寵妃桔梗ら落人の行方、後裔を名告る家々、伝説の伝播と文芸化をたどる。序章と三篇からなり、巻末に青森県から鳥取県までの伝説分布と、寺社縁起など関係文献の抄録を附録として付す。