三島祭礼の夜の山木館夜討ち
どんな伝承か
治承四年、平家打倒を決意した源頼朝は、三島大社の祭礼の夜にあたる八月十七日、ついに兵を挙げた。狙ったのは三島宿に近い、伊豆国の目代山木判官平兼隆の館である。頼朝の妻政子の縁で運命を共にすることになった北条時政を大将に、わずか三十騎ほどの旗本が夜討ちをかけた。手間取りはしたものの、不意を突かれた兼隆方は敗れ、頼朝方は幸先よく門出を飾って意気を高めた。勝利の報せと決起を促す使者が四方へ走り、頼朝は伊豆の兵三百騎ほどを率いて湯河原へ向かったという。
原典より
三島宿からほど近い伊豆国目代山木判官平兼隆の館に時ならぬトキの声があがった。—— 神奈川の史実と伝説(小森良章・1975年(昭和50年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川の史実と伝説(小森良章・1975年(昭和50年))
『神奈川の史実と伝説』は、新聞記者から県政の仕事に転じた小森良章が昭和五十年に著した郷土史の読み物である。倭建命の東征から鎌倉幕府の滅亡までを範囲に、神奈川県内に残る伝説を十一の篇にまとめ、走水の弟橘姫や足柄山の金太郎などを取り上げる。各篇は伝承地を副題に掲げ、伝説とその背景にある史実を結びつけて語り、古事記や吾妻鏡などの記録を引きながら著者の推測も交えている。