白猿の導きと米ヶ浜のツノなしさざえ
どんな伝承か
建長五年、嵐に遭って猿島で一夜を過ごした日蓮が翌朝舟を出そうとすると、どこからか真っ白な猿が現れ、しきりに対岸の米ヶ浜を指し示した。舟を浜に寄せると、公郷村の住人で幕府に仕える石渡左衛門が出迎えていた。石渡は前夜、日輪が家に入る夢のお告げを受けていたという。石渡は裸足で磯に入り日蓮を背負って上陸させたが、さざえの鋭い角で足を切り大けがをした。気の毒に思った日蓮が七日七晩岸辺の洞穴で題目を唱えると、それ以来米ヶ浜のさざえは角のない丸い殻になったと伝わり、島の名も白猿にちなむという。
原典より
上人はそれを気の毒に思われ、七日七晩、岸辺の洞穴にこもって、お題目を唱えていたが、またまた不思議なことにそれ以後、米ヶ浜のさざえはツノがなくなって、まるいカラを持つようになった。—— 神奈川の史実と伝説(小森良章・1975年(昭和50年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川の史実と伝説(小森良章・1975年(昭和50年))
『神奈川の史実と伝説』は、新聞記者から県政の仕事に転じた小森良章が昭和五十年に著した郷土史の読み物である。倭建命の東征から鎌倉幕府の滅亡までを範囲に、神奈川県内に残る伝説を十一の篇にまとめ、走水の弟橘姫や足柄山の金太郎などを取り上げる。各篇は伝承地を副題に掲げ、伝説とその背景にある史実を結びつけて語り、古事記や吾妻鏡などの記録を引きながら著者の推測も交えている。