観音と名馬
どんな伝承か
昔、上総の国に生まれた鹿毛の馬が、ある夜、東京湾を泳ぎ渡って走水に着き、坂を上った小原台の森で草を食べて暮らしていた。姿の美しさから里人は美女鹿毛と呼んだが、気性は荒く誰も近寄せなかった。辺りには水場がなく、水を捜して狂ったように走り回った馬は、渇きと疲れでついに倒れた。するとそばに観音が現れ、目覚めた馬が蹄で傍らの岩を打つと、岩間から清水がこんこんと湧き出した。この水を飲んで馬はおとなしくなり、馬堀の地名はここから生まれたという。美女鹿毛は領主三浦義澄の手から頼朝に献上されていけずきと名付けられ、宇治川の合戦で見事に先陣を果たしたと伝える。
原典より
五反田のおとめ地蔵(愛甲郡伊勢原町) 二一〇芦の湖の九頭竜明神(足柄下郡箱根町) 二二七禁忌の伝説 二三一トウモロコシを作らぬ谷戸(川崎市野川) 二三一—— 神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・1967年(昭和42年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・1967年(昭和42年))
『神奈川の伝説』は、読売新聞社横浜支局が一九六七年に編んだ神奈川県内の伝説集である。読売新聞神奈川県民版に昭和四十年九月から四十二年八月まで八十回連載された「神奈川の伝説」のうち六十五回分を収め、文は谷川平夫記者が書き、伝説の地を訪ねて住職や古老に聞いた話と現在の様子を添える。樹木・石・塚・水・坂や島・屋敷址・社寺・禁忌・地名の部に話を分け、大藤時彦の序文と巻末の解説・索引を付ける。