紅葉をやめた青葉楓
どんな伝承か
称名寺の阿字ヶ池の岸、姥石の近くに残る切り株は、金沢八名木の中でも最も名高かった青葉楓の名残である。鎌倉時代、このカエデが周りの山々より一足早く紅葉しているのを、寺を訪れた高名な歌人冷泉為相卿が愛でて一首詠んだ。するとカエデはこれで功成り名を遂げたと満足し、以後は紅葉するのをやめたという。為相卿の母は十六夜日記を書いた阿仏尼である。この話は謡曲六浦にも受け継がれ、旅の僧とカエデの精が紅葉をやめたいわれをめぐって優雅な問答を交わす。木が枯れて切り倒されたのは近年のことで、実際に秋になってもあまり色づかなかったと伝えられる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・1967年(昭和42年))
『神奈川の伝説』は、読売新聞社横浜支局が一九六七年に編んだ神奈川県内の伝説集である。読売新聞神奈川県民版に昭和四十年九月から四十二年八月まで八十回連載された「神奈川の伝説」のうち六十五回分を収め、文は谷川平夫記者が書き、伝説の地を訪ねて住職や古老に聞いた話と現在の様子を添える。樹木・石・塚・水・坂や島・屋敷址・社寺・禁忌・地名の部に話を分け、大藤時彦の序文と巻末の解説・索引を付ける。