平林寺の石扉を運んだ狐橋
どんな伝承か
浦和市下大久保の字四つ角は、大宮志木道と浦和植水道の交差点で、荷を運ぶ者が昼寝をして一休みするのによい場所だった。平林寺が野火止へ移転するとき、ここまで来て休むと寺の石の扉がなくなっており、いくら探しても見つからない。やむなく平林寺では代わりの扉を作って間に合わせた。時が過ぎて、その扉が荒川堤に放り出してあったので、通禅寺の付近に棲む狐のいたずらだと噂された。後にこの扉で橋を作ったので、狐橋と名づけられたという。
原典より
この四つ角は、大宮志木道と浦和植水道との交叉点で、荷物輸送をするものが昼寝などをして一休みするのによい所だった。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 上(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 上(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成――分類と解説 上』は、韮塚一三郎が埼玉県内の伝説を類型ごとに集めて編んだ伝説集の上巻である。片目の魚、化かす狐や狸、松・杉などの樹木、石や岩、ダイダラ坊と山、清水・渕・池・井戸にまつわる県内各地の伝説を、郷土誌や地誌、『埼玉史談』などの文献と、地元の資料提供者や話者の報告から採って収める。各話に所在地と出典を添え、話型ごとに〈解説〉を置いて全国の類例と信仰の背景を論じ、[参考]文献を挙げる。