飴を売り神像を配るイタカ町
どんな伝承か
『新編会津風土記』の若松城下の条にイタカ町がある。今も俗にこの町の者をイタカと称して、他の商売と混ぜない。常は飴を煉ってこれを売り、年の始めには夷・鍾馗・毘沙門などの画像を城下および村里の家々に配り、かつ祝詞を唱える。その詞の中に、これほど目出たき御大黒を祝い申し候ては、門に立てば護りの経に疑いなく、棟に押しては火伏となり、舟の中では云々、という文句があるという。『常陸国志』は会津の人佐藤忠満の言を引いて、イタカは大黒の神像を配り大神楽を業とすると記している。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
巫女考・毛坊主考ほか(柳田民俗論考)(柳田国男・大正期)
柳田国男の民俗論考(巫女考・毛坊主考ほか)から具体事例を全20話抽出。井上円了総論部は事例0で除外・山民の生活/山人考はbook_451へ一本化。