剣崎と夫婦ヶ丘
どんな伝承か
昔、剣崎の若い漁師与作は、紀州から海を越えて飴を売りに来る娘おまんと恋仲になった。おまんが来るのは三年に一度で、二人は次に会う三年後には必ず夫婦になろうと約束して別れた。ところが約束の年、与作は不治の病に倒れた。それでもおまんを思う与作は、痩せ細った体を引きずって毎日海辺の物見の丘に登り、船を待ち続けた。冷たい風の吹きすさぶ冬が来て約束の年はむなしく過ぎ、与作はおまんの名を呼びながら死んだ。おまんも夫婦になる喜びを胸に船に乗ったが、遠州灘で時化に遭い海に呑まれていた。これを伝え聞いた村人は、並んだ二つの丘の一方に与作を葬り、もう一方におまんの遺品を納めて二人を結び、夫婦ヶ丘として弔ったという。
原典より
解説・索引 巻末常倫寺の大銀杏 曹洞宗常倫寺(横浜市鶴見区駒岡町)にでかけたのは、車にゆられているとついねむくなるような、初春の暖かい日だった。—— 神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・1967年(昭和42年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・1967年(昭和42年))
『神奈川の伝説』は、読売新聞社横浜支局が一九六七年に編んだ神奈川県内の伝説集である。読売新聞神奈川県民版に昭和四十年九月から四十二年八月まで八十回連載された「神奈川の伝説」のうち六十五回分を収め、文は谷川平夫記者が書き、伝説の地を訪ねて住職や古老に聞いた話と現在の様子を添える。樹木・石・塚・水・坂や島・屋敷址・社寺・禁忌・地名の部に話を分け、大藤時彦の序文と巻末の解説・索引を付ける。