秩父札所創設を幻想する
どんな伝承か
むかし弘法大師が武甲山の頂上で紙を三十四枚に切って吹き飛ばすと、三十三枚が落ちた場所がそれぞれ秩父観音の札所になり、残る一枚は江戸に飛んで浅草寺になったという伝説がある。また播磨国書写山の性空上人が地獄で経を唱えて衆生を救ったとき、閻魔大王が秩父の順礼寺を世に出すよう勧めたとも伝わる。文暦元年三月十八日、上人は熊野権現や閻魔大王など十三権者を伴い秩父の寺々を巡ったのが札所の始まりとされるが、各寺の開山年が文暦元年より後のものもあり、辻褄が合わない架空の伝説と考えられている。
原典より
むかし弘法大師が、武甲山の頂上で紙を三十四枚に切り吹き飛ばしたら、そのうち三十三枚の落ちたところが、それぞれの秩父観音の札所になり、一枚は荒川に落ち、流れ流れて江戸につき浅草寺になったという。—— 秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行(神山弘・1984年頃(昭和50年代)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
秩父・奥武蔵伝説たわむれ紀行(神山弘・1984年頃(昭和50年代))