飢饉の記憶を伝える大里の八坂神社
どんな伝承か
北九州市門司区の大里本町にある八坂神社は、由緒も創建の年もはっきりしない。ただ寛延三年の銘を刻む鳥居が残るため、そのころ建てられたものと見られている。享保十七年の大飢饉では大里村でも一七二人の死者が記録されており、悪疫を払い五穀の実りを祈って建てたのではないかともいわれる。住吉社は享保八年に京都郡神田浦神島から勧請されたもので、この社へ合祀されたのは明治四十四年であった。大里の祇園と呼ばれる祭礼は、もと六月十四、十五日、いまは七月二十八、二十九日に営まれる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
北九州市史 民俗(北九州市・北九州市史)
『北九州市史 民俗』は、北九州市が編んだ市史の民俗編である。ここに収めるのはその第三編「信仰伝承」第一章「信仰」の第二節以降で、門司・小倉・若松・八幡・戸畑の各区に伝わる聖地と忌地、神仏信仰、神事と法会、巡礼、巫者・祈禱師、信仰集団、狐憑きや犬神などの憑霊・霊異現象を記す。節ごとに地区と地名を挙げて事例を並べる編み方で、祟る石や産女石、落人の墓なども忌地の項に見える。