黒嶽で碁を打つ二人の仙人
どんな伝承か
大昔、阿蘇野の里の木樵が黒嶽の奥で道に迷い、盆地のように開けた場所に出ると、白いひげの老人二人が切り株の上で碁を打っていた。老人はここは仙人の里で俗人の来る所ではないと告げ、米のとぎ汁を地面に流して、その流れをたどれば里へ帰れると教えた。木樵は無事に戻ったが、話を聞いた人々を案内して再び探しても仙境は見つからなかった。以来、黒嶽に入る者は道に迷ったり怪しいことに出遭うとされ、神山と呼ばれた。万治年間、岡城主中川久清が山頂に登った者に褒美を出すと触れると、若侍たちは皆登頂したと言い張ったが、殿の目には誰の松明も中腹にすら届いていなかったという。
原典より
すると、そこには白いひげを胸まで垂らした二人の老人が、木の伐り株の上で碁をうっていました。—— 大分県の民話 第2集(土屋北彦・大分県の民話) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
大分県の民話 第2集(土屋北彦・大分県の民話)
『大分県の民話 第2集』は、土屋北彦による大分県の民話集である。日田の鬼大夫永季、府内の山弥長者、柞原八幡縁起、小豆研ぎ、百合若物語りなど、県内各地の長者譚・社寺の縁起・人柱・妖怪・英雄の伝説を、古代から江戸時代までの年号や現在の市町村名を添えて語り直す。三十二話を一話ずつ題を立てて並べ、多くは「です・ます」の語りで、方言による短い昔話も交じる。