一匹足りなかったいわしの因縁
どんな伝承か
天正十四年、島津軍が豊後に攻め入ると、大友宗麟に不満を抱く柴田紹安は島津義久に内通し、一族を星河城に、自らは天面山城に籠もった。だが星河城が大友方に焼かれ妻子が討たれるのを見て後悔し、家臣帆足市弥太の諫めも聞かず大友方へ転じた。島津家久の大軍に囲まれ水が尽きた城中では、白米を馬の背に流して水で足を洗うように見せかけ、敵を欺いて囲みを解かせた。その夜の祝宴で一匹ずつ配ったいわしが一人分足りず、紹安は身分の低い足軽なら捨て置けと言った。恨んだ足軽が敵に内情を告げたため、翌日島津軍が引き返して攻め寄せ、城は落ちて紹安らは討死したという。
原典より
馬の足を洗うと見せかけていたのは、水ではなくて米でした。—— 大分県の民話 第2集(土屋北彦・大分県の民話) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
大分県の民話 第2集(土屋北彦・大分県の民話)
『大分県の民話 第2集』は、土屋北彦による大分県の民話集である。日田の鬼大夫永季、府内の山弥長者、柞原八幡縁起、小豆研ぎ、百合若物語りなど、県内各地の長者譚・社寺の縁起・人柱・妖怪・英雄の伝説を、古代から江戸時代までの年号や現在の市町村名を添えて語り直す。三十二話を一話ずつ題を立てて並べ、多くは「です・ます」の語りで、方言による短い昔話も交じる。