経塚(その八)
どんな伝承か
川越市上戸にある塚で、京塚ともいう。高さは八、九尺で、字地蔵堂の南方に位置する。源義経の妻京姫が夫を慕ってこの地まで下り、ここで死んだので葬ったところだと伝わる。この塚を掘ろうとすると、たちまち病むという。安部立郎『入間郡誌』の伝えるところである。本書の解説によれば、県内の経塚が築かれた理由は、特定の人の供養や、ある種の祈願のために経を埋めたとするものが大部分だという。
原典より
畠山重忠が経文を埋めて築いた塚であるという。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。県内各地の落人村・長者屋敷・塚・橋・地蔵・社寺の縁起・食物の禁忌・神争いなどの伝説を、『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。