提灯の老人となって道案内した送り地蔵
どんな伝承か
与野市小村田の在林寺(明治四年に廃寺)が持っていた地蔵は送り地蔵と呼ばれ、『新記』は聖徳太子の作と記している。昔、与野に住む男が日暮れの寂しい赤山街道を急いで家へ向かっていると、どこからか見覚えのある顔の老人が提灯を持って現れ、道案内をしてくれた。ところが在林寺の森に近づいたところで、老人の姿は急に見えなくなった。翌朝お礼に地蔵へ参ると、地蔵の顔は前の晩の老人にそっくりだった。それからこの地蔵を送り地蔵と呼ぶようになったという。
原典より
翌朝、お地蔵さまにお礼にゆくと、お地蔵さまの顔は、ゆうべのお爺さんの顔そっくりだったという。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。