浪人の娘の塩断ちが叶った塩地蔵
どんな伝承か
大宮市吉敷町の塩地蔵は、中山道沿いのバス停から路地を入った所に、三体地蔵と並んで祀られている。毎年八月二十四日には吉敷町の念仏講の人々が地蔵会を営む。『大宮市史』によれば、大宮が中山道の宿場町だった江戸時代、宿に流れてきた浪人の二人の娘が、父の病が治るよう塩断ちをしてこの地蔵に祈ったところ、父は全快したという。今も願い事のためか、地蔵はいつも塩をかぶって真っ白になっている。
原典より
大宮宿へ流れて来た浪人者の二人娘が、父の病気の全快を祈り、塩だちしてこの地蔵に祈ったところ、父の病気が全快したという。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。