秀衡の眼を癒した遍照院の薬師
どんな伝承か
行田市下忍の遍照院の薬師は、奥州平泉の藤原秀衡の守り本尊だったという。仁安元年の春から秀衡は目を患って何も見えなくなり、南部の城主がその隙に攻めようとした。秀衡は子らを衣川へ出して防がせ、自らは七日の断食で薬師に祈ると、満願の日に目が開き、敵を打ち払った。後に薬師が夢に現れ、辰巳の方角の忍へ送れと告げたので、家臣の栗原五郎秀時が牛に輿を引かせて運んだ。遍照院に泊まった夜に牛が死に、僧円慶と五郎はここに留まりたいとのお告げを夢に受けて像を安置した。牛を埋めて植えた松は秀衡松と呼ばれたという。
原典より
そこで秀衡は如来の尊像をお輿に乗せ、自分が日ごろかわいがっていた牛にひかせて、家臣栗原五郎秀時にいいつけてこれを送らせた。—— 埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
埼玉県伝説集成——分類と解説 中(韮塚一三郎・埼玉県伝説集成)
『埼玉県伝説集成——分類と解説 中』は、韮塚一三郎が編んだ埼玉県の伝説集の中巻で、上中下三巻のうち歴史伝説を収める。地名・屋敷・家系・聖地・城や堤や橋・神仏・神体と宝物・偉業・事件と紛争の九章に分け、県内各地の伝説を『新篇武蔵風土記稿』などの文献と土地の人からの聞き取りによって集めている。一話ごとに所在地と出典または資料提供者を記し、同じ類型の話をまとめた後に柳田国男らの説を引く〈解説〉を置く。