久高島に顕れた二柱の神
どんな伝承か
南の海の島々ほど昔から天降りの盛んであった所はなく、大事の起こる時や祭の時に、万人が一同に神の姿を拝んだという記録が段々に残る。宝暦年間には与那原の浜に天女三人が降って多くの人に拝まれ、水などを浴びて長く遊んだと大島筆記その他の本にあり、それから四十何年後の天保九年にも、久高の島に二柱の神が現れ、全村これを拝せぬ者は無かったと球陽にある。個々の信者の見聞ではないだけに、普通の幻覚とも断定してしまえない。柳田はこれを特殊神聖なる演劇ではなかったかと考え、神に扮した者は村々の祝女でなければならなかったと推測している。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。