摂津難波浦の蘆苅男(福原の長者)
どんな伝承か
能因法師の歌などによって知られる摂津の難波浦にも蘆苅の物語がある。この話は大和物語の時代から早く都人らに歌の題として弄ばれ、いたずらに風流化していたが、男の露命をつなぐ職業が貧しく、妻の離別の理由も貧困にあること、再会して男が恥じて逃げ隠れることなど、豊後の炭焼長者の物語と正しく同じ話である。この難波の蘆苅男は、恥じて死なずとも長くこの世にあるべくもなかったのを、哀れな妻の力によって救われ、後には福原の長者という大金持になったと、謡曲「蘆苅」は説く。蘆刈の話では常に二人連れの女が男を尋ねて来ることになっており、男に逢って慰める一人は必ず都から伴って来た女であった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。