禁裡上臈二人の八丈流罪
どんな伝承か
浮田一件から六年後の慶長十七年、御所に仕えていた上臈二人が八丈島へ流された。二人は十六、七年を島で過ごしたのち、赦されて京へ還っている。この一件は八丈年代記には書き留められているものの、近藤富蔵の流人帳からは省かれていた。記録はその後といえども、わざと公けには残さなかったものがあったのである。当時の遠島はまだ臨時の行政処分にすぎず、人数も僅かで、帳簿らしい帳簿を要しなかった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。