忌を守らず埋没した浜地ヶ平
どんな伝承か
青ヶ島ではかつて、浜地ヶ平という処に八十在家、今の村の地に八在家、合わせて八十八戸の民家があった時代があるという。ところがその八十戸の方の村では、忌服や血の穢れに他家の隔てを設けず、小さな八在家の部落だけが忌小屋の慎みをよく守っていた。そのため或る時山崩れがあって、一方の浜地ヶ平は一夜のうちに家も人も残りなく埋没し、八戸の部落だけが恙なく繁栄したという。助かった家の数は十五戸であったという説もある。島では山崩れも折々あって土地の形が絶えず変わっていたと伝える。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第1巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第1巻』は、柳田国男の著作を集めた著作集の一巻である。椰子の実の漂着から日本人の渡来と稲作を海の道に求める論考と、海神宮考・みろくの船・根の國の話・寶貝のこと・稻の産屋などの諸篇、大正期の南島旅行に基づく『海南小記』、昭和二十六年八月の自序をもつ『島の人生』を収める。いずれも海と島を舞台に、ニライカナイや宝貝、漂着や島の復興をめぐる民俗と歴史を論じている。