田原と多羅尾を取り違えた犬曳き車夫
どんな伝承か
近江の貴生川駅で汽車を降り、犬が綱を曳く人力車を雇った。この車夫は移住者とも見えないのに、少しも田原殿のことを知らない。長野の町を過ぎるまで、わざと話を瀬戸物の火鉢などに低徊させ、徐ろに田原の古今に及ぼうとしたが、どうも話の調子が合わない。タアロならこの道ですぜと左の方を指したりする。そこで五万分の一の地図を車上に広げ、車夫の言と対照してみると、この車夫の脳中には宇治田原という地名が全く無く、自分の田原と彼の多羅尾とが混線していたことが分かった。語勢や訛りの経験もなく地名の比較研究を発表するのは剣呑だと悟った。
原典より
そこで不見識であつたが五萬分の一の地図を車上にひろげ、車夫の言と對照して見ると結局此先生の腦中には、宇治田原と云ふ地名が全然無かったこと、従つて自分の田原と彼の多羅尾とが、混線して居たことを發見した。—— 定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。