親代々越えたという金沢峠の近道
どんな伝承か
柳田国男は明治三十四年の初冬、信州に入り上諏訪に泊まった翌日、藤沢村からの迎えで杖突峠を越え、御堂垣内の村農会の集まりに出た。後に飯田で伯父にこの故事を話すと、代々一生に何十遍も越えた金澤峠という道だと言われた。江戸へ出る近路として尾張・三河以西の商人が急ぐ際に通ったといい、停車場名も程なく青柳と改められ、金澤は麓の村の小さな地名として残るのみとなった。
原典より
是も伯父さんの話に基づいた知識だが、尾參以西の低地部から、江戸へ出るには是が近路であつた。—— 定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第2巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第2巻』は、柳田国男の紀行と旅の随筆を収めた著作集の一巻である。昭和三年一月の自序に続く「雪国の春」や菅江真澄の日記を読み解く文をはじめ、東北の村々の正月、火と炭、浜の暮らしの見聞、「秋風帖」「東国古道記」、昭和十五年十一月の自序を持つ「豆の葉と太陽」などの紀行を並べる。峠や古道、佐渡・五箇山・熊野などの土地を、住む人の暮らしと信仰から見ようとする文が多い。