水底に瓦屋根の見える檜原湖
どんな伝承か
明治二十二年の十一月、演習で岩代の檜原湖の岸に泊まった人が、翌日小舟で湖水を渡ったことがある。この湖水のある所は、その前年七月の磐梯山噴火の前までは峠の頂上であった。山崩れが川の流れを塞いだため、窪みの水が次第に増してきた。政府が注意をして高い所に代地を与え村民を引き移らせようとした頃には、もはや家を解いて引っ越すだけの暇がなかった。三百余段の石段を登った八幡の社地が、不忍の弁天様のようになってしまった。小舟から覗くと、秋の水が澄んでいるために水底に土蔵の瓦屋根が見え、枝振りの面白い柿の樹が見えたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第3巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第3巻』は、柳田国男の紀行・日記・随筆を集めた著作集の一巻である。相模・武蔵の村々を歩いた「水曜手帖」、昭和二十三年八月の自序を持つ「北国紀行」、明治四十三年の「五十年前の伊豆日記」、国際聯盟の委任統治委員会に勤めた大正十一年の「瑞西日記」と「ジュネーブの思ひ出 その他」を収める。後半の「菅江真澄」は昭和十七年二月の序を付け、真澄の著述と旅の跡を年を追ってたどり、写真解説を添える。