深山に七十余戸あった木地挽き
どんな伝承か
蒲生氏郷以前にも、少ないというだけで、すでに久しく木地挽きは会津に入っていた。『檜原軍物語』には、文明年間に耶麻郡の檜木谷地に兇賊が拠ったことを述べる序に、この所は深山高地にして五穀登らず、農夫居らず、ただ木地挽等七十余戸あるのみと記している。なお天正十三年の小谷山城成就の条には、檜原の宿から百姓・木地挽等を新城の城下へ移したことを述べている。彼らには轆轤という特別の技術があるため、ただの農民から転業しがたく、山奥に群をなして住む以上は、他所から昔も移住して来たものと考えられる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第4巻(柳田国男・定本柳田国男集)
柳田国男編『定本柳田国男集 第4巻』を全822話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。