灯台の光に落ちて死ぬ渡り鳥
どんな伝承か
「奥の手振」ほど鳥類の記事の豊富な日記は珍しいと柳田国男は言う。人口の少ない寛政年間の奥南部に鳥が多かったのは怪しむに足りないが、それ以上の理由もあった。海峡に突き出した二つの半島は、空を旅する者の東西南北の大道だったのである。尻屋の灯台に嵐の吹く夜などは、迷ってあの光明に引き寄せられ落ちて死ぬ鳥が、数も種類も非常なものだという。渡り鳥の故郷は北に多く、行き来する鳥はたいてい白井秀雄すなわち真澄の頭の上を啼いて通ったのだろうという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第3巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第3巻』は、柳田国男の紀行・日記・随筆を集めた著作集の一巻である。相模・武蔵の村々を歩いた「水曜手帖」、昭和二十三年八月の自序を持つ「北国紀行」、明治四十三年の「五十年前の伊豆日記」、国際聯盟の委任統治委員会に勤めた大正十一年の「瑞西日記」と「ジュネーブの思ひ出 その他」を収める。後半の「菅江真澄」は昭和十七年二月の序を付け、真澄の著述と旅の跡を年を追ってたどり、写真解説を添える。