焼畑で見つかった三河少将の塚
どんな伝承か
以仁王の従臣として会津に伝えられる顔触れの中に、三河少将光明という人がある。明治十五年に檜枝岐村の三河沢を焼畑にしたところ、一箇の塚を見出した。これがその三河少将の墓であると宮城三平は言うが、どうした証明方法であるかは分からない。同じ従臣の列には、宮の直臣として尾瀬中納言藤原頼実があり、その兄の大納言頼国は檜枝岐の山に留まるとある。上州藤原村の民家に伝わる古系図に檜枝岐二郎・尾瀬三郎兄弟とある者と同じ理想人物らしく、いずれにしても国境の尾瀬沼の付近が勤王派の勢力圏であったことを言おうとするものらしい。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
定本柳田国男集 第4巻(柳田国男・定本柳田国男集)
『定本柳田国男集 第4巻』は、柳田国男の著作を集めた定本の一巻である。岩手県遠野の伝承を佐々木鏡石から聞いて書いた「遠野物語」、山に入った人や神隠しを論じた「山の人生」、河童・ひだる神・一つ目小僧・天狗などを扱い妖怪名彙を付す「妖怪談義」を収める。ほかに「山人考」「史料としての傳説」「比丘尼石の話」「山人外傳資料」「『イタカ』及び『サンカ』」「山民の生活」など、山人・漂泊民・妖怪をめぐる論考を併せる。