火焔の本丸で端坐した二人の将
どんな伝承か
三之丸を守る狩野一庵は氏照の祐筆から一軍の将に抜かれた文武の士で、萌黄の鎧に白綾の頭巾を巻き、大薙刀を振るって藤田勢へ斬り込んだ。やがて甘粕清長が風上から城楼に火を放ち、炎は山風に煽られて郭を包む。本丸にあった老臣横地吉信は最後の一戦を構えたが、落城が迫ると第二の計画を立てるという名目で城を抜け出し、檜原の方角へ逃れてしまった。残された中山家範と一庵は五十騎ほどで敵中へ斬り込み、味方が十六騎になったところで本丸へ引き上げ、甲冑を解いて端坐し、火焔の渦巻くなかで郎党とともに自刃した。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
行楽と史蹟の武蔵野(寺島裕・昭和初期(1920年代~1930年代))