狩人から救われた狐が女房になった女化の稲荷
どんな伝承か
北国分の語り手が伝える女化の稲荷の由来。大きな松の下で寝ていた狐を狩人が撃とうとした時、通りかかった男が咳払いをして逃がしてやった。ある晩、娘が来て泊めてくれと言い、男の家に居ついて子ができ、女房になった。子供が、母は尻尾で座敷を掃くと言い、蛙や蛇を食うことも知れて正体が分かる。狐は子供に食べさせろと玉のような物を渡し、田は昼に耕しておけば自分が植えると言い残して去った。夜中に人声がして朝には田がきれいに植えられていた。検見の役人が来ると稲は穂が出ず年貢を免れ、刈ると実が多く、家は大尽になった。今もその家の者でなければ女化の稲荷の鍵が開かず、嫁は皆狐に似ているという。
原典より
8 本郷(松戸)の人魚の話9 平将門と南天10 愛宕神社の二神体11 里見姫と弁天様12 禅照庵の子育て地蔵14 腹切坂15 地名由来 (1)〜(3)〔行徳・南行徳〕—— 市川の伝承民話 第1集(市川民話の会・市川の伝承民話・1980年(昭和55年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第1集(市川民話の会・市川の伝承民話・1980年(昭和55年))
『市川の伝承民話 第1集』は、市川民話の会が昭和五十五年に編んだ民話の資料集である。市川市教育委員会の事業として昭和五十四年度に千葉県市川市の国分・北国分・行徳・南行徳で行った採訪調査のうち、テープ起こしを終えた語りを、方言も残して話者の息継ぎのままに記録している。世間話・伝説・昔話・唄・生活譚の五部に分けて地区別に並べ、話末に話者・地区・記録者の名を添える。