昔と今の江戸川あたり
どんな伝承か
行徳には水道が無く、飲み水も茶碗洗いも江戸川の水を使った。とくに香取あたりの水で漉いた海苔は品がよく、他所の海苔より二、三銭高く売れたという。夏は井戸水で炊いた飯が早く饐えるので川の水で炊いた。女たちは浴衣などを洗濯しながら世間話をし、時には土左衛門が流れて来て大騒ぎになった。大正の初めには水屋が島尻あたりの水を船で東京の深川まで売りに歩き、バケツ二杯で二銭ほどしたという。昭和になると水がひどく汚れ、昭和二、三年頃に県営水道が引かれた。その頃の足は早船や外輪船、伝馬船で、今井から船堀、大島、扇橋、深川の高橋まで行き交っていたと伝える。
原典より
「今から七十年もあと(前)になるか、行徳には、水道などなく水しごとには、そりゃあこまっただよ、のみ水、茶わん洗いは江戸川の水をつかっただ、特に香取あたりの水ですいた海苔は、たいそう品がよくて、他の場所の海苔よりも、二・三…—— 市川の伝承民話 第1集(市川民話の会・市川の伝承民話・昭和55年頃刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第1集(市川民話の会・市川の伝承民話・昭和55年頃刊)
市川民話の会編『市川の伝承民話 第1集』を全206話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。