鹿野山の猿が見える
どんな伝承か
語り手は明治の御代も終わり頃の生まれで、祖父の代からこの香取に住む三代目だという。子どもの時分はこのあたりに家の数も少なく、まわりには緑の田が一面に広がって、夕方になると蛙の大合唱が始まった。今のバイパスあたりから海にかけては煉瓦工場が一軒あるだけで、その向こうにご猟場の森が青々と茂り、遠くに富士山がくっきり見えた。座敷に座ったままベカ船や帆掛け船の行き来が手にとるように見えたという。朝寝をしていると父が外から「ほれほれ早く起きろ、今日も鹿野山の猿が見えるぞ」と呼び、大人たちも「今日も鹿野山の猿がよく見えるねえ」と挨拶して一日が始まったと語る。
原典より
そんじゃ今日は、おらンが子供のじぶんの話でもしてやんべえか。—— 市川の伝承民話 第1集(市川民話の会・市川の伝承民話・昭和55年頃刊) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第1集(市川民話の会・市川の伝承民話・昭和55年頃刊)
市川民話の会編『市川の伝承民話 第1集』を全206話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。