② 野卵塔場の話
どんな伝承か
曽谷の馬坂の山の上には、昔、土葬の墓地である野卵塔場があった。村では四人が交代で墓穴を掘り、次の不幸に備えて別の場所へ掘り進めた。骸骨や古い骨が出てきて気味が悪かったが、掘った人には葬式の家から手当が出て酒や馳走にもありつけた。梶尾健也自身も十九歳の頃に一度だけ墓掘りを経験し、「一生に一度はやるものだ」と言われたという。
原典より
昔、馬坂の山の上に、人間の墓地もあったですけどね、いわゆる野卵塔場(蘭塔場とも書く)ってね、昔は土葬だったですからね、かなり広かったんですよ。—— 市川の伝承民話 第2集(市川民話の会・市川の伝承民話・1981年(昭和56年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第2集(市川民話の会・市川の伝承民話・1981年(昭和56年))
『市川の伝承民話 第2集』は、市川民話の会が昭和五十六年に発行した民話資料集である。千葉県市川市の曽谷・宮久保・下貝塚と行徳の古老から聞き取った、狐や狢に化かされた話、火の玉、伝説、昔話、唄、暮らしの禁忌や苦労話を、方言を残した語り口のまま記録している。世間話・伝説・昔話・唄・生活譚の五部を地区別に並べて各話の末に話者と記録者を記し、巻末に語り手の紹介、話者と採訪者の名簿、採訪記、あとがきを付す。