⑨ じゅん菜摘み
どんな伝承か
曽谷のじゅん菜池は三、四反歩ほどの広さで、語り手が子供の頃は半分ほどが葦に覆われていた。いまの弁天様はなく、全体が葦の生えた池で、入口あたりで泳いだり冬は氷滑りをしたりした。水深は一メートルほどだった。じゅん菜は一万年以上経った池でないと生えないといわれ、子供たちは池に入ってじゅん菜を採る小遣い稼ぎをした。葉の脇に出る芽をちぎって採るが、鎌で切ると後が生えないので採りすぎるなと言われていた。天然記念物でもなかったらしい。大正四、五年頃、五合ほど採ると五十銭くらいもらえたという。セロリなどが珍しかった時代で、割烹料理屋に売り込まれ食べられた。
原典より
曽谷のじゅん菜池の大きさは、三・四反歩ぐらいだったと思ったんですね。—— 市川の伝承民話 第2集(市川民話の会・市川の伝承民話・1981年(昭和56年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第2集(市川民話の会・市川の伝承民話・1981年(昭和56年))
『市川の伝承民話 第2集』は、市川民話の会が昭和五十六年に発行した民話資料集である。千葉県市川市の曽谷・宮久保・下貝塚と行徳の古老から聞き取った、狐や狢に化かされた話、火の玉、伝説、昔話、唄、暮らしの禁忌や苦労話を、方言を残した語り口のまま記録している。世間話・伝説・昔話・唄・生活譚の五部を地区別に並べて各話の末に話者と記録者を記し、巻末に語り手の紹介、話者と採訪者の名簿、採訪記、あとがきを付す。