⑤ 稲作り
どんな伝承か
下貝塚の稲刈りは昔は遅く、早くて九月半ば、遅いものは十一月上旬までかかった。折衷苗代が始まって収量を上げるように改良され、四月頃に種を蒔いて五月に植えるようになったが、以前は六月に植えていた。五月植えになったのは終戦後で、苗代を油紙で覆う温床ができてから早まったという。この辺りは早場ではないので十月には終わり、佐原のほうはもっと早い。家の裏の田は今は休耕田で葦が生え、どんどん埋め立てられていると語られる。
原典より
田ん圃は今と違って遅かったですよ。—— 市川の伝承民話 第2集(市川民話の会・市川の伝承民話・1981年(昭和56年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第2集(市川民話の会・市川の伝承民話・1981年(昭和56年))
『市川の伝承民話 第2集』は、市川民話の会が昭和五十六年に発行した民話資料集である。千葉県市川市の曽谷・宮久保・下貝塚と行徳の古老から聞き取った、狐や狢に化かされた話、火の玉、伝説、昔話、唄、暮らしの禁忌や苦労話を、方言を残した語り口のまま記録している。世間話・伝説・昔話・唄・生活譚の五部を地区別に並べて各話の末に話者と記録者を記し、巻末に語り手の紹介、話者と採訪者の名簿、採訪記、あとがきを付す。