親戚の家同士で植えたエエッコの田植え
どんな伝承か
田植えで互いに手を貸し合うことを、この辺りではエエッコと呼んだ。親戚のような間柄の三、四軒で組み、十人ほどが集まって順番にそれぞれの家の田を植えた。話者の家はヒョウエム、カヘエ、モメヤの三軒と組んでいたが、それは二代目がモメヤから、三代目がカヘエから来たという縁によるもので、本家とは別の付き合いだったという。田植えの時期は限られているので多くの家とは組めず、若い者を三、四人ずつ出し合って、全部で十人から十二、三人ほどで植えたと語る。
原典より
18 源蔵梨19 越後の毒消し売り20 目下をいうことば21 子守りで行かなかった小学校22 体操の盛んだった戦前の国分小学校23 下貝塚海軍第一号24 コウジヤさんのむろへ避難25 ハチマンマイリ(1)~(2)八幡—— 市川の伝承民話 第6集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1998年(平成10年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
市川の伝承民話 第6集(市川民話の会(調査・編集)/市川市教育委員会(発行)・市川の伝承民話・1998年(平成10年))
『市川の伝承民話 第6集』は、市川民話の会が調査・編集し、市川市教育委員会が平成十年に発行した民話資料集である。昭和六十三年度から平成四年度にかけて市川市の下貝塚・八幡・平田・本行徳・香取などで聞き取った世間話・伝説・昔話・唄・年中行事・生活譚を、話者の語りに忠実に記録している。各話に話者と記録者を添え、新たに「現代若者の学校話」の部を設けて口裂け女や学校の七不思議などの怪談も収め、話者名簿・採訪者名簿・あとがきを付ける。