土浮
どんな伝承か
佐倉市土浮。むかし聖武天皇の皇女である松虫姫が、自分の病気平癒を萩原の薬師(現在の印旛郡印旛村、松虫寺)に祈願するため、苦しい旅を重ねてようやく印旛沼のほとりまでたどりつき、瀬戸という里を対岸に望むところまで来た。ところが折からの強風で、どうしても沼に舟を出すことができない。そこで随行してきた行基が一心に弁財天へ祈ると、次第に風がおさまり、それまで沼の底にあった土が浮き上がって水の面に出て、一筋の道ができた。一行は歩いて渡り、無事に目的地へ着くことができたという。これより、ここを土浮というようになったと伝えている。
原典より
昔、聖武天皇の皇女である松虫姫が、自分の病気平癒を萩原の薬師(現在の印旛郡印旛村、松虫寺)に祈願するため、苦しい旅を重ねてようやく印旛沼のほとりまでたどりついて、瀬戸という里を対岸に望むところまで来たが、折からの強風でど…—— 房総の伝説(平野馨) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
房総の伝説(平野馨)
平野馨編『房総の伝説』を全245話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。