鷹の名で呼ばれ直された遊女の松
どんな伝承か
かつてこのあたりに寂光寺という寺があり、境内には遠くからも望める霞の松と呼ばれる松がそびえていた。寛永のころ、三代将軍家光がこの近くへ鷹狩りに出た折、遊女という名の鷹が機嫌を損ね、この松にとまったまま降りてこなかった。家光も家来たちも手を焼いたという。以後、鷹の名を取って霞の松を遊女の松と呼びかえるようになった。松のそばには奥州街道が通り、その脇を渋谷川が流れていた。堤の名残は天保のころまで残っていたといい、松そのものは昭和の初めまであったという。
原典より
時代 江戸時代 寛永(一六二四 四三)のころ寂光寺という寺があった。—— 新宿と伝説(新宿区教育委員会・1969年(昭和44年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
新宿と伝説(新宿区教育委員会・1969年(昭和44年))
『新宿と伝説』は、新宿区教育委員会が昭和四十四年に編んだ区内の伝説集である。カッパが出る坂、四谷怪談のお岩、矢来町の化け石、女幽霊が掘った清水など、牛込・四谷・戸塚大久保・新宿・淀橋柏木落合の各地に伝わる六十二の伝説を、江戸の地誌や随筆などから採って収める。第一章で伝説の分布と型を概説し、第二章では地域別に、各話へ場所・時代・出典・解説・参考書を添える。