道灌に山吹の花をささげる紅皿
どんな伝承か
室町時代の文明のころ、武蔵野に落ちのびて豊島郡高田村に住みついた落武者に、紅皿・欠皿とよばれる姉妹があった。姉の紅皿は器量よしで歌を好んだ。ある日、江戸城から出て高田で狩りをしていた太田道灌が、にわか雨に遭い雨具を借りようと立ち寄ったのがこの家であった。紅皿は庭の山吹を折って差し出した。道灌には意味がわからず城へ帰ったが、家臣の中村治部少輔重頼から、『後拾遺集』の「七重八重花は咲けども山吹のみの一つだに無きぞかなしき」の歌にかけて蓑がないと答えたのだと教えられ、歌の道を知らぬことを恥じて、以後この娘を城に呼んで歌の友としたという。山吹の里は戸塚町一丁目の面影橋の近くだといわれる。
原典より
こっそり武蔵野に逃げのび、豊島郡の高田村に住みついた落武者がいた。—— 新宿と伝説(新宿区教育委員会) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
新宿と伝説(新宿区教育委員会)
新宿区教育委員会編『新宿と伝説』を全62話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。