義家が宮島を祀った高台の宿営地
どんな伝承か
応徳三年、源義家は後三年の役のため奥州へ向かう途中、この地を通った。あたりの台地の中でもここが最も高かったので、上って宿営したという。そして遠く富士山を望みながら、安芸の宮島の厳島神社を勧請して祀り、戦勝を祈願したと伝えられる。義家にまつわる伝説は八幡神社に多く、厳島神社と結びつく例は数が少ないという。区内ではこのほか、穴八幡神社、諏訪神社、月見岡八幡神社、若葉町にも義家の伝説が残ると記されている。
原典より
場所 東大久保二丁目二二三番地 抜弁天厳島神社一带時代 平安時代応徳三年(一〇八六)源義家が、後三年の役で奥州に向う途中であった。—— 新宿と伝説(新宿区教育委員会・1969年(昭和44年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
新宿と伝説(新宿区教育委員会・1969年(昭和44年))
『新宿と伝説』は、新宿区教育委員会が昭和四十四年に編んだ区内の伝説集である。カッパが出る坂、四谷怪談のお岩、矢来町の化け石、女幽霊が掘った清水など、牛込・四谷・戸塚大久保・新宿・淀橋柏木落合の各地に伝わる六十二の伝説を、江戸の地誌や随筆などから採って収める。第一章で伝説の分布と型を概説し、第二章では地域別に、各話へ場所・時代・出典・解説・参考書を添える。