高滝の美女に迷った阿闍梨の悟り
どんな伝承か
昔、高滝に名高い美女がいた。美女は浄行の志を立てて身支度を調え、遥かに熊野の社へ詣でた。その頃、京に安楽房という若い阿闍梨がいたが、高滝美女の見目のよさを見てからは心にかかって忍び難く、悟りの念も桜の散るように離れ、ついに行を打ち捨てて熊野の宿を出、上総を指して下った。鎌倉を過ぎ、六浦で渡し舟を待つ間、海原の彼方の上総の山々を眺めながら腰掛石にまどろみ、その夢の中で初めて欲界の果てなきことを悟った。目覚めた阿闍梨は上総へは行かず、熊野へ帰って行ったという。高滝の城址には、昔美しい姫君がいたとだけ伝えられている。
原典より
いつかの代に、またうら、ななと言つて名高い美女が居た。—— 日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・1917年(大正6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・1917年(大正6年))
『日本伝説叢書 上総の巻』は、藤沢衛彦が大正六年に編んだ上総国の伝説集である。夷隅・長生・山武・市原・君津の五郡にわたり、地名の由来、社寺の縁起、城と武将の事跡、大蛇や狐つきの怪異、俚謡や民間の風俗を、口碑や『総国誌』などの地誌から集める。巻頭に著者の序と緒言を置き、上総国と郡の名義を説いたのち、郡ごとに町村の所在を添えた見出しで一話ずつ並べる。