行基が薬師を刻んだ乾坤山日本寺
どんな伝承か
鋸山の西南にある乾坤山日本寺は、寺伝によれば聖武天皇の神亀元年に開かれた古刹で、初めは道慈律師の草創になる天台宗の寺であったが、のちに曹洞宗へ改まった。本尊は薬師如来、開山は道慈律師、開基は良弁僧正と伝える。行基菩薩が勅を受けてこの薬師像を刻み、神亀二年六月に七堂・百坊・十二院を建てて国家安泰を祈ったが、天正から元和のころに堂宇はことごとく壊れた。尊像は岩屋の中に移して守られ、元禄になって堂を建て直したという。今は荒れているが、岩屋や林泉の幽邃さで知られ、天明のころに石の五百羅漢が造られ、いまは千二百羅漢を安置する。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 安房の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・1919年(大正8年))
『日本伝説叢書 安房の巻』は、藤沢衛彦が大正八年に編んだ安房国(千葉県)の伝説集である。天富命の渡来や源頼朝・里見氏・日蓮にまつわる英雄伝説を中心に、社寺の縁起、風俗・信仰、船幽霊や一本足の蛸などの特異な伝承を、『安房志』『房総志料』などの地誌や寺伝・口碑から引いて収める。緒言と「安房国と牛」と題する序を巻頭に置き、鋸山から小湊まで各話に所在の郡村大字を添えて土地ごとに並べ、緒言では百八十六種を蒐集したと記す。