行基の千手観音と那古寺の縁起
どんな伝承か
補陀落山千手院那古寺は那古町の字寺町にある大寺だが、近年の火災で往時の壮麗さは失われたという。もとは那古山の別願院の支院だったが、元禄十六年の地震で堂宇が損壊し、いまの地に移ったと伝わる。養老元年、元正天皇が病になられた折、僧行基が勅を受けてこの地に至り、千手観音の像を刻んで供養したところ天皇の病が癒えたので、資財を投じて堂宇が建立された。これが那古寺の縁起で、寺は鶴谷八幡宮の別当として社領百七十一石余を管理した。土地の臼引き唄に那古の山から水が出ると歌うのは、寺が移った後の那古山の荒廃を唄ったものという。仁王門の彫刻や塔は安房でも小松寺に次ぐ出来と評され、本尊は行基の作で安房一と称される。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 安房の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・1919年(大正8年))
『日本伝説叢書 安房の巻』は、藤沢衛彦が大正八年に編んだ安房国(千葉県)の伝説集である。天富命の渡来や源頼朝・里見氏・日蓮にまつわる英雄伝説を中心に、社寺の縁起、風俗・信仰、船幽霊や一本足の蛸などの特異な伝承を、『安房志』『房総志料』などの地誌や寺伝・口碑から引いて収める。緒言と「安房国と牛」と題する序を巻頭に置き、鋸山から小湊まで各話に所在の郡村大字を添えて土地ごとに並べ、緒言では百八十六種を蒐集したと記す。