向西坊入定の窟と赤穂浪士
どんな伝承か
和田町花園の山中、花園神社のそばに向西坊入定の窟がある。向西坊は信州松本の生まれで、念仏僧となって勇猛に修行し、この地に隠れ住んで天和元年九月十七日にこの岩窟で入定したと伝えられる。窟は入口が狭く中が広く、深さは六十歩ほどで、奥の暗い所が念仏修行の跡だという。一説に向西坊は浅野内匠頭の家臣高房に仕えた者で、元禄十五年の赤穂浪士討ち入りを主から知らされ、討ち入りには加わらなかったが同志にならって髪を剃り、密柑を用意してひそかに差し上げて息切れを癒させたという。その後諸国を回ってこの地に至り、岩窟を好んで一生を送った。手記が近年まで神社に保存されていたが、後にどこかへ移し埋められたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 安房の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・1919年(大正8年))
『日本伝説叢書 安房の巻』は、藤沢衛彦が大正八年に編んだ安房国(千葉県)の伝説集である。天富命の渡来や源頼朝・里見氏・日蓮にまつわる英雄伝説を中心に、社寺の縁起、風俗・信仰、船幽霊や一本足の蛸などの特異な伝承を、『安房志』『房総志料』などの地誌や寺伝・口碑から引いて収める。緒言と「安房国と牛」と題する序を巻頭に置き、鋸山から小湊まで各話に所在の郡村大字を添えて土地ごとに並べ、緒言では百八十六種を蒐集したと記す。