痔の大明神と呼ばれた天津の神明神社
どんな伝承か
天津の宮前にある神明神社は、天照大神を祭り、事代主命と豊受姫命を合わせ祀る社である。社伝によれば、古くは事代主命だけを祀って痔の大明神と称しており、そこから土地の人は東条痔の宮と呼ぶようになった。のちに頼朝が具足や神馬を奉納したことが社の旧記に見えるという。頼朝は、先祖の頼義・義家が東国平定の戦勝を祈った縁から神明社をここへ移して斎宮に合祀し、以後この地を東条御厨と称して社殿を建てたと伝わる。斎宮の名はここに由来し、鳥居の鳥木は伊勢神宮に倣って二十一年ごとに建て替えるのが例だという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 安房の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・1919年(大正8年))
『日本伝説叢書 安房の巻』は、藤沢衛彦が大正八年に編んだ安房国(千葉県)の伝説集である。天富命の渡来や源頼朝・里見氏・日蓮にまつわる英雄伝説を中心に、社寺の縁起、風俗・信仰、船幽霊や一本足の蛸などの特異な伝承を、『安房志』『房総志料』などの地誌や寺伝・口碑から引いて収める。緒言と「安房国と牛」と題する序を巻頭に置き、鋸山から小湊まで各話に所在の郡村大字を添えて土地ごとに並べ、緒言では百八十六種を蒐集したと記す。