金王丸が四方を望んだ物見の塚
どんな伝承か
東京の青山百人町、田村下総守の屋敷のうちに物見塚と呼ばれる塚があった。別名を去我苦塚ともいう。渋谷金王丸が斥候として物見をした跡と伝えられ、この塚の上に立って四方を見渡すと、一里から三里ほどの範囲までが手に取るように見通せたという。江戸名所図会に載る話である。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙(柳田国男(指導)・日本放送協会(編)/関敬吾・石原美子(編纂)・1949年(昭和24年))
『日本伝説名彙』は、柳田國男の指導のもとに日本放送協会が昭和二十四年に編んだ伝説の名彙である。全国の伝説を、その拠り所となる木・石・岩・橋・清水・淵・塚・坂・屋敷・地蔵などの地物の名ごとに集め、伝わる県郡村名を付して、郡誌・市町村誌や伝説集、民間伝承誌などの出典を括弧で示す。冒頭に柳田の「傳説のこと」を置き、木・石岩・水・塚・坂峠・祠堂の部に分けて、巻末に資料の解説と種類別索引を付す。