寄宿舎で見た袴姿の父の別れ
どんな伝承か
昭和七年、私は女学校の四年生で、熊本市新屋敷の寄宿舎にいた。ある夜、父危篤の報せに接したが、五十年前の当時は夜になると帰る乗物もなかった。一晩じゅうまんじりともせず、真夜中にとろとろとまどろんだとき、着物に袴姿の父が縁側に坐っているのが見えた。「あれっ、今、一番電車で帰ろうとしているのに」とはっとして父のもとへ行こうとすると、父の姿はだんだん遠くへ行ってしまった。翌朝、家へ帰り着いたとき、父はもうこの世の人ではなかった。息を引き取ったのは、私が父の姿を見た頃だったという。以来、私は霊の存在を信じるようになった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代民話考 4 夢の知らせ・火の玉・ぬけ出した魂(松谷みよ子・現代民話考)
『現代民話考 4 夢の知らせ・火の玉・ぬけ出した魂』は、松谷みよ子が編んだ「現代民話考」の一冊である。日本民話の会の雑誌『民話の手帖』のアンケートへの回答や聞き書き、新聞・雑誌の記事から集めた、予知夢や死の知らせの夢、死者や神仏の夢告げ、死の前後に出る火の玉、生きている人から抜け出す魂の話を各地から収める。三章それぞれの冒頭に編者の論考「考」を置き、項目ごとに代表的な語りと、県別に並べた短い報告を話者・回答者・出典を添えて載せる。