和田山の屋敷守が願い出た二百両
どんな伝承か
和田山は源氏の重臣和田義盛が陣屋を構えた地と伝わり、その名が残ったという。のち徳川の大名榊原家の領となり、江古田村の名主深野孫右衛門が代々管理した。深野家に伝わる安政六年九月の古文書の写しには、先祖が安永六年から字和田山の御屋敷地を世話し、御鷹場の鳥飼役や屋敷守を勤めて苗字を許されたこと、しかし文化十年の倹約で下され物が絶え、稀な大地震とその後の大嵐で居宅が大破して困窮したことが記され、家作修復の手当として金二百両の拝借を願い出ている。返納は翌申年から年十両ずつ二十二年でと申し添えてある。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
城西風土記と昔語り(熊沢宗一・1959年(昭和34年))
『城西風土記と昔語り』は、東京中野の江古田に住んだ熊沢宗一が昭和三十四年に著し、自ら発行した郷土誌である。中野長者と淀橋の伝説、御犬小屋や桃園の旧跡、新井薬師、江古田の獅子舞、内藤新宿や高田馬場の昔語りなど、中野と近在の伝説・旧跡・寺社を、古文書や碑文、琵琶歌も交えて記す。全二十章の後半には著者の百姓時代や終戦直後の食糧事情、台風の被害、日露戦争の軍隊日誌を収め、巻末に著者略歴を付す。