飴の礼に弘法が降らせる重箱雨
どんな伝承か
昔、諸国を巡る弘法大師が食べ物にありつけず、ふらふらと埴科の地へやって来た。家もまばらで昼は留守ばかりだったが、遠くの一軒家に煙が立つのを見て訪ねると、四十ほどの女が飴を煮て重箱に移していた。少し分けてほしいと頼むと、女は川向こうの更級のお地蔵さんに供える飴だが坊さまなら特別だと差し出した。礼に望みを聞かれた女が、雨の少ない土地なので夏の日照りに雨を降らせてほしいと願うと、大師はそれを約束して去った。以来、夏には南条の一部にだけ雨が降り、『観音の重箱雨』と呼ばれている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
長野県史 民俗編 第4巻 3 (北信地方 ことばと伝承)(長野県史)
『長野県史 民俗編 第4巻(三)北信地方 ことばと伝承』は、長野県史の民俗編のうち北信地方の伝説の章を抜き出したものである。植物・石・水・塚・坂と峠・山・沢と道・城と屋敷・田と原・地蔵や観音・社寺・地名・禁忌の順に、条ごとに採集地を添えて短い伝えを並べる。戸隠の鬼女紅葉、黒姫と大沼池の大蛇、久米路橋の人柱、秋山郷の平家伝説など、善光寺平から奥信濃にかけての土地に結びついた話が多い。