賽の河原の坑道に響く子供の泣き声
どんな伝承か
明治四年の廃藩置県ののち、恐山の境内で硫黄を掘ろうとする者が現れ、数十万貫もの硫黄が採られた。掘り手はみな遠国の人々で、恐山にまつわる話を迷信として誰も信じなかったという。ところがある日、賽の河原近くの坑道で湧き水をくみ出していると、幼い子どもたちの泣き声や叫び声が急に聞こえてきた。手を止めても声は高く低く続き、気味悪さをまぎらそうと皆で歌っても、その合間に火がついたような甲高い泣き声が響いた。翌日は誰も行きたがらず、別の人夫をやると、今度は石を積んでは崩れる音と子どもの泣き声が交互に聞こえた。人夫たちは逃げ帰り、ここだけはついに掘れなかったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
むつ市史 民俗編(むつ市史)
『むつ市史 民俗編』の口承の章から、下北に伝わる伝説と世間話を抜き出したものである。苫生野や田名部川の口碑、蠣崎氏や落人の宝の伝え、恐山の開基と天狗・霊話、常念寺の仏、横迎町の竜神と河童、行人塚、半太窪、飯綱の噂、奥内・関根・大湊・田名部の狐の話などを収める。菅江真澄の紀行の記事を引きながら、むつ市とその周りの土地の伝えをまとめている。