三春藩主が崇めた蟹内の阿弥陀仏
どんな伝承か
広瀬の蟹内にある阿弥陀仏は、もとは薬原寺という寺の本尊だったという。後水尾天皇の元年に作られたとされる上品上生の像で、螺髪に袈裟をまとい、妙観察智の印を結ぶ見事な出来である。白毫には宝石がはめ込まれていたが、盗まれて今は無い。三春城主の秋田侯が深く信仰し、毎年の行事には藩士を代参させたという。花の季節やお盆には近くの村々から老若男女が集まり、夜がふけるのも忘れて踊り楽しんだと伝わる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
滝根町史 第3巻 (民俗編)
『滝根町史 第3巻(民俗編)』の口承文芸の節から伝説を抜き出したものである。福島県田村市滝根町(菅谷・神俣・広瀬)の大滝根山の田村麿と大滝丸、入水寺の観音、小野小町の伝え、鶴ヶ池物語、人柱茂左衛門、曽富登神社、六句の坊、片手観音、三本足の鳥、姥捨山などを収める。古い村誌の文語の引用と聞き書きの口語が混じる。