夜半に戸を叩いた妹トシ子
どんな伝承か
教え子の松田浩一によれば、賢治は教室で生徒たち全員を前に妹の幽霊の話をした。十一年十一月に死んだ妹のトシ子が夕べ遅く訪ねて来たというのである。二月の寒い夜、賢治は表二階の八畳間で丸くなって寝ていた。夜中の十二時を少し過ぎたころ、外の下ろし戸をトントンと叩く音がした。声はなく、叩く音だけが続く。寝巻きを着替え、帯を締めて階段を下り、下ろし戸を静かに開けると、死んだはずのトシ子が女学校教諭当時の紫の袴と長袖の着物姿で立っていた。賢治は手を取らんばかりに二階の部屋へ連れて行き、仏壇の前で経を読んでやり、やがて見送ったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
あの世はあった―文豪たちは見た、ふるえた(三浦正雄・矢原秀人・2006年(平成18年))
『あの世はあった――文豪たちは見た!ふるえた!』は、三浦正雄と矢原秀人が二〇〇六年に著した、近代日本の作家や知識人の霊体験を紹介する読み物である。熱海の旅館で遠藤周作と三浦朱門が同時に遭った幽霊、佐藤愛子の心霊現象、菊池寛・宮沢賢治・小泉八雲・土井晩翠・新渡戸稲造・南方熊楠らの体験、夏目漱石の臨死体験を、本人や周囲の文章を引いて語る。一人一章の全十二章にまえがき・あとがきを添え、巻末に霊媒クランドン夫人の実験記録を付録として収める。